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牛は、いつから天神様にいるのか... [長草のこと]


神様のお使いとして、いろいろな動物が登場します。

春日神社の鹿、住吉神社の兎、日吉神社の猿、八幡神社の鳩、稲荷神社の狐...といった具合です。そして天神社はもちろん牛。長草の天神社にも、2頭の牛が、狛牛のように階段の両脇に並んでいます。

さて、この牛、いつから天神さんにいるのでしょう。

言い伝えでは、菅原道真と牛の関係が多く取り上げられています。例えば...
「菅原道真は丑年の生まれである」
「大宰府へ左遷される時、可愛がっていた牛がを泣いて見送った」
「菅原道真は牛に乗って大宰府へ行った」
「菅原道真は牛を可愛がり、牛もよくなついていた」
「太宰府に行く途中、藤原時平が放った刺客に襲われるが、牛が菅原道真を守った」
「菅原道真の墓所(太宰府天満宮)の位置は牛が決めた」
といった具合です。

一方で、最近の続日本紀の研究などから、天神さんの牛は、疫病退散の象徴として、土牛を祀ったのがはじまりではないか、と考えられるようになりました。続日本書紀は延暦16年(797年)に完成しているので、菅原道真が生まれる50年も前の話です。

トラクターや耕耘機が登場する前(つい最近の事なんです)の日本では、牛は最大の動力(働き手)、農業には欠かせない大事な存在でした。同時に、強さのイメージも持っていたようです。天神社や天満宮には「なで牛」という病気平癒を願う石像の牛が見かけられます。自然の神であり農業の神である天神さんと牛は結びつきやすく、日本でも広がっていったと考えられます。

神様に病気が平癒する事を祈り、平癒のお礼に土でつくった牛を祀ったという土牛信仰は、中国の道教の「春牛迎春」などに起源が求められるようです。これは後漢の時代(25年 - 220年)からあったそうです。

どうやら、菅原道真が天神さんに牛を連れてきたというよりも、牛のいる天神さんに菅原道真がやってきたというのが、正解のようです。

牛馬のいた風景―三浦半島の農耕とくらし

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